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アッベ・オルソのうんちく

(株)ビクセン光学 齋藤 彰 元社長の『古老のつぶやき』より抜粋

アッベ・オルソのうんちく

最近のアイピースの主流はアメリカンサイズ31.7 サイズで占められるようになり、24.5 サイズのツアイスタイプは衰退の一途を辿っているように見受けられます。

 ただ、その中で、4mmのアッベオルソのみ断然の強みを発揮して、あらゆるマニアの厳しい目にも応えて勢力は衰えていません。

 それでは、アッベ・オルソとはどのようなアイピースか、専門書には下記のように記述されています。

 「望遠鏡の視野内で角距離などを測定するには、像の歪曲が特に少ない接眼鏡が必要です。たとえばオルソスコピック接眼鏡がそれで、オルソスコピックとは整像、歪曲がないという意味です。それには整像条件を満足しなければなりません。ただし実際には、視界周辺での歪曲が30 %くらいあっても、オルソスコピックと言う名前をつけている例もあります。

 普通一般にオルソスコピック接眼鏡と言っているものは、図のような構造で、これはE.アッベが1893 年に発明したものです。視野レンズがBK7-F3-BK7の3枚張合わせ、眼レンズがBK7の平凸レンズというのが普通の設計ですが、これと異なるガラスのものもあります。このガラスの組み合わせでアイ・クリアランスは焦点距離の78%くらい、見かけ視界は45°内外です。

 オルソスコピック接眼鏡は、最も優れた接眼鏡のひとつで、F6 とかF8 と言う短焦点の反射鏡に使っても大丈夫です。歪曲が比較的少なく、色消しも良く、表面反射も少ないので、高倍率の観察用や測定用に適しています。低倍率レンズはレンズが厚くなって困るので、あまり作りません。」 (望遠鏡光学 吉田正太郎 誠文堂新光社 S53年版)

 オルソスコピックにはアッベタイプの外、プローゼルタイプ、色消しラムスデンタイプなど各種あり、それぞれの特徴を活かして販売されていますが、オルソの元祖はやはりアッベタイプとなります。ビクセンのアイピースでも、アッベタイプの生産はこの24.5の4mmアイピースと、目盛り付きのOR-12.5レチクル31.7アイピースだけ、特に4mmの方は特注が入った場合のみと限定してあります。

 アッベ・オルソは、実際生産となるとかなり厄介です。一番の問題は3枚レンズ張合わせという構造からくる問題で、まず、曲率の研磨精度が極度に煩くなります。張合わせ面に隙間が出る程のカーブエラーがあったら所定のラムダには収まらなくなるからです。又、3枚のレンズを接合するとなると、高度の職人芸が要求される関係で歩留まりが悪く、従って量産が出来ません。大量販売には全く向かない設計なのです。一個一個が文字通りの手作り製品になります。

 それも4mmは24.5 サイズということで、LVタイプなどと違って販売価格に厳しい制約が課せられている点も弱点になっています。

 百年前から、ドイツの天才の設計値をかたくなに守って世界一の日本人が作ったアッベ・オルソをもう一度見直しされてはいかがでしょうか。

製造現場では、レンズの品質の良否はどのようにして判断するのか。

 まず、設計数値と同じカーブに研磨されているどうか、それを検査します。検査には、あらかじめ所定のカーブに研磨してある[原器]をあてがって行うのですが、凸レンズには凹レンズで出来た原器、凹レンズには凸レンズの原器を使用します。原器は常に誤差ゼロに出来上がっているので、従って非常に高価です。

 レンズと原器を重ねると、重ねた合わせ面に通常数本の干渉縞が出て、縞は淡い虹色のリングになって見えます。干渉縞は別名「ニュートンリング」と呼ばれ、レンズの品質はその本数によって決まり、モノによりますが3本程度、そしてそのリングが見える位置、更に、そのリングは真円形かどうか、などで判断されます。いびつなリングでは合格にはなりません。

 なお、ほぼ完全なカーブに仕上がると、リングは消え全体が僅か黄色を帯びた所謂「ワンカラー」と呼ばれる最高のレンズが出来上がります。

 天体望遠鏡の対物レンズのように、組み合わせレンズがそれぞれ分離している場合にはワンカラーが完全研磨の証拠になりますが、上記の三枚張合わせアッベ・オルソのレンズのような場合は、ワンカラーが必ずしも最高とは考えられていません。それは以下のような理由によります。

 凹凸のレンズを張り合わせる場合、張合わせ用の接合剤(カナダバルサムや樹脂系接着剤など)が接合時にレンズの合わせ面から流れ出すように、あらかじめニュートンリング1〜2本分、外に向かって合わせ面が開く形に意図的に研磨されます。逆に中心に向かって合わせ面の隙間が多くなる場合は接合剤は流れ出さず、従って中に溜まった泡(空気)の抜けが悪く接合が不可能になります。(この業界では通常『中すき』といって嫌われ検査落ちになり、逆の場合は『コロ目』と呼ばれ空気の抜けがよいのでOKとなります。)

 それでは、凹凸ぴったりの場合はどうか、一見素晴らしい品質の合わせレンズが出来るように思われますが生産現場では決してそうは見ていません。

 その理由は下記の通りです。

 仮に、うかつに凹凸を合わせてしまうと瞬間的にレンズ同士がくっついてしまって剥がれなくなります。これは「空気接合」と言われている恐ろしい現象で、こうなっては折角の高品質のレンズも捨てるほかありません。

 両レンズの材質の差によって膨張に違いがあるので、お湯の中に暫く漬けておくと剥がれる時もあるとか、何度か試してみた経験がありますが、一度も成功した事はありませんでした。ワンカラーのレンズが必ずしも実際生産の場では優良なレンズとは考えない理由はその辺にあります。ハンドリングが厄介なのです。特に三枚合わせのレンズの場合はそれだけ危険比率が高くなるので、余程の時でない限り敬遠されるのが普通です。

 要は研磨職人が「コロ目」の秘伝?をマスターしているか、どうかです。

  次に張り合わせになりますが、レンズは凹凸張り合わせの時、両レンズの光軸が一致するように正確に張り合わせをしなければなりません。研磨のあと行われる芯取り作業がきちんとされていれば問題がないように思えますがそうとは限りません。そのために通常は芯出し顕微鏡等を使用して芯を出しながら接合をやります。三枚レンズの場合は三枚一度の接合は出来ませんので、最初は二枚のみ行い、その後もう一枚加えて三枚で光軸を取り仕上げます。この作業も、以前は熱すると溶けるカナダバルサムだけを使用していたので、三枚目を張り合わせる段階で大変な苦労があったと聞きます。現在は接合した後は熱を加えても二度と溶けない樹脂系の接合剤を使うので楽になっていますが(然し、それだけに失敗は許されない)。---いずれにしてもOR-4のレンズのように直径僅か数ミリで、それも三枚張り合わせレンズの光軸となると大変な苦労を伴うので現在では、この技術を持つ人はほとんど居ないのです。

 レンズ研磨をニュートンリング数本の範囲で「コロ目」に仕上げるのは名人芸です。簡単な事ではありません。更に、接合にも名人芸が必要になります。両者共々大変です。

 それだけの苦労を重ねながら今なおアッベ・オルソだけが天文界で健在なのはほかでもありません、エルンスト・アッベの設計がそれだけ抜群に優れていたから、と同時に、日本人の「モノ作り」に対するこだわりが物凄く強いからだ、と言えるでしょう。